おかみの日々徒然

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「海の幸」の緞帳のこと

福岡県久留米市の旧市民会館に

青木繁の代表作「海の幸」の緞帳(どんちょう)があります。

緞帳とは 劇場などにある 巻き上げ式の豪華な幕のことです。

 

その緞帳が出来た1969年 (今から48年前)、

父の福田蘭堂に「じいさんの緞帳を見に行ってみないか」と誘われて

主人とヨチヨチ歩きの長男も一緒に 久留米市民会館へ行きました。

 

当時1500万円かけて 市が京都の業者に発注したそれは

タテ 7.4メートル、ヨコ 19.5メートル、重さ 1.3トン、

200色の糸を使い、延べ1500人の職人が

10ヶ月かけて作ったという それは立派な堂々たるものでした。

 

おろしてもらった緞帳を見た父は 息を呑んで、

「こんな緞帳は見たことがないよ!あの絵そのまんまだ。

 じいさん うれしいだろうなぁ」と言い、

私の顔をのぞき込んで 来て良かったなと言いました。

 

当時 京都でも この緞帳のことが話題になり、

今でも その時のことを憶えている人がおられるのだそうです。

 

先ごろの5月末の毎日新聞に、

この旧市民会館をとり壊して駐車場にするため

この緞帳は 裁断して焼却処分をするという記事が載りました。

 

裁断するのならば 費用は一切私が持たせてもらうので

青木繁と妻たねの顔の部分だけでも

切りとらせていただけないだろうかと思い、

久留米市の文化振興課に電話をかけてみました。

 

回答は「不可能」。

劣化が激しくて カビやダニやホコリがたまっていて

作業時に健康被害を招きかねないという理由でした。

その後も数回交渉しましたが、1ヶ月前 最終通告をもらってしまい

その時の理由としては 緞帳が巻き上げてあり

それを降ろすための電源が切れていて

降ろすことができないので 不可能ということでした。

 

細かく切らなければ 焼却炉に入らないのだから

一度降ろさなければ 裁断できないわけで

その時に せめて青木とたねの顔の部分だけを

残させてもらいたいと懇願しましたが きいていただけませんでした。

 

千葉県の館山にある 青木繁が「海の幸」を描いた

二人が一番幸せな日々を送った家(今は記念館になっています)に

それを額装して 贈りたいと思ったのでしたが・・・

ほんとうに残念で仕方ありません。

 

青森県弘前市の市民会館のことを 毎日新聞で読みました。

2013年に市民会館を改修した際

棟方志功がデザインした 半世紀前の緞帳と同じものを

3675万円かけて作り、古い緞帳も史料的な価値があるとして

改修後の市民会館で保存してあるのだそうです。

うらやましい話です。

久留米の新しい市民ホールは 巨大なものなので、

弘前市のような配慮はあっても良かったのでは・・・。

 

今 青木繁の絵は パリのオランジュリー美術館で

毎日3000人もの人を感動させています。

| おかみ | おかみの日々徒然 | 22:14 | comments(3) | - | ↑TOP
女将さんのブログを見てショックを受けています。
私は先月末九州を旅しました。
その時、唐津の観光バスのガイドさんが北九州出身の有名人として「伊藤伝右衛門」に次いで「青木繁」の名前を挙げました。
観光客には地元の誇りと紹介しているのに今回の久留米市の対応は憤慨に堪えません。
芸術的、史料的価値を知らない、知ろうともしない市職員(お役所)は情けない限りです。
何とかならないものでしょうか。
| 黒猫ワグちゃん | 2017/07/17 6:42 PM |

久留米市民会館
解体 「海の幸」の緞帳残る 一部切り取り遺族へ /福岡
毎日新聞 2017年8月15日 地方版

残った緞帳を見る松永さん(奥右)。手前は福田たねとされる女性の顔の部分
残った緞帳を見る松永さん(奥右)。手前は福田たねとされる女性の顔の部分
 7月に解体が始まった久留米市の市民会館に設置されていた同市出身の洋画家、青木繁(1882〜1911年)の代表作「海の幸」をモチーフにした緞帳(どんちょう)の一部が遺族の手に残ることになった。市は劣化が進んでいるとして廃棄処分を決めていたが、遺族や関係者の働きかけで、長く市民に親しまれてきた緞帳は完全廃棄を免れた。【中村清雅】

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 遺族は東京・新橋で九州の郷土料理店を営む松永洋子さん(72)。久留米市は今年5月に緞帳の廃棄を決定。新聞報道などで知った松永さんは市に電話し、一部をもらい受けたいと伝えたが衛生面や安全面を理由に断られた。しかし、千葉市の建設会社関係者が松永さんの意向を知り、市民会館の解体業者に直接相談したところ、一部を切り取って残すことが可能になったという。市も「業者との契約上は問題ない」としている。

 解体業者が切り取ったのは青木の恋人だった福田たねらを描いたとされる部分。縦3・1メートル、横5・6メートルで緞帳全体(縦7・4メートル、横19・5メートル)の約10分の1の大きさになった。

 松永さんは7月末に久留米を訪れ、残った緞帳と対面。およそ半世紀前、市民会館の開館直後に舞台で見た記憶がよみがえったといい「99%諦めていたが、奇跡的に残すことができた。うれしい」と涙ぐんだ。緞帳の修復などを検討するため同行した佐賀大の石井美恵准教授(染織品保存修復科学)は「穴や欠損はなく、線維の状態も良好。表面をクリーニングすれば十分展示に堪えられる」と評価した。

 緞帳は現在、久留米市内で保管されており、石井准教授らがクリーニングした後、松永さんが最終的な保管場所を探す予定だ。

〔筑後版〕

| ファウスト | 2017/08/17 7:12 PM |

私は久留米市出身で有一さん(有薫酒造)の知り合いです。

お店にも何度かお寄りしましたし、久留米の鳥喜さんにも行っていました。

気になっていました緞帳の件、先ほど新しい記事を見つけましたので投稿しました。
| ファウスト | 2017/08/17 7:23 PM |










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